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馬上から馬を駆る勢いで相手を倒すための大太刀である。
長く重いその太刀を地上で使う者は珍しい。
兼親は、大太刀を鞘走らせ、イダテンに襲いかかってきた。
月光を浴び、青白く輝く刃が空気を切り裂いた。
仁王のような胸と丸太のような腕から繰り出される、その音も尋常ではない。
体を反らせてぎりぎりで避けた。
太刀が長いうえ、兼親の腕も長い。
その首から下げた大数珠が揺れ、音をたてる。兼親は、くやしそうなそぶりも見せず、にやりと笑う。
「つまらぬ戦と思うておったが、おまえの首を獲れるなら重畳というものよ」
と、言いながら郎党に指示する。
「通清の縄を切ってやれ」
それが吉次の本当の名前らしい。鐵皮石斛
縄を切られ手首をさする通清に、
「通清、イダテンに一太刀浴びせよ。それで帳消しにしてやろう」
兼親は、そういいながら後ろに下がる。
郎党の一人から抜身の太刀を渡された通清の目線が泳ぐ。
人を殺すことが怖いのではあるまい。
イダテンの力を身を持って知っているからだ。
兼親が、ためらう通清の背を蹴った。
イダテンの前に押し出された通清は、悲鳴をあげながら太刀を振り回した。
イダテンが左に避けるのを待っていたかのように後方の兼親が渾身の力を振り絞り、襲い掛かってきた。
躱しはしたものの、岩が転がる足場の悪い草地に追い込まれた。
切り殺そうとは思っていないようだ。
かち割ってでも致命傷を負わせればよいと考えているのだろう。
「姫君を背負ってなお、そこまで動けるか……手練れの者どもが苦労するわけよ」
やはり、宗我部の手の者だったのだ。
「とうに承知という顔じゃな。おお、わしも後悔しておるぞ。不意打ち、寝込み、あれこれとやってきたが、戦で言えば、いずれも常道のうちじゃ。おまえが成長するまでに、なんとしても始末すべきであった……あの時、おまえのばばを質に取っておればと後悔しておるところよ」
思っていた通りだ。
おばばは、山賊に襲われたと言っていたが、山賊はイダテンの弓の腕を恐れ、水分峡から、とうに姿を消していた。
追われて崖から落ち、怪我を負ったおばばは寝たきりとなり、食も細くなった。
その後、あちこちの寺社に忍び込み、書物をあさって薬草や滋養のある食物の知識を手に入れようとした。
むろん、おばばには黙っていた。
危険極まりない行為だからだ。
忍び込むことは言うまでもなく、薬効の定かでないものを試してみることも。
やがて、目は窪み、骨と皮になり、あばらが浮きだし、地獄絵の餓鬼のような姿になった。
それでも、おばばは手を合わせ、数珠を掲げ、感謝を口にした。
こうして生きていられるのも神仏のおかげだと。
明日をも知れぬ貧困と不幸は、信仰に拍車をかける。
坊主や宮司どもは、その信仰心を煽り、おのれの私腹を肥やす。
それでも、母が巫女をしていたという多祁理宮に足を運んだ。
かつて多祁理宮は、都にまで名を轟かせた母の力の恩恵で莫大な寄進を受けたという。
ならば母ほどの呪術者がいなくとも、誰ぞの紹介ぐらいはしてくれるのではないかと。逃げ腰に見えた宮司は、イダテンの差し出した父の形見の勾玉を見ると、その糸のように細い目を見開いた。
「それはもしや、願いの玉か」
イダテンがうなずくと、黙りこんだ。
近頃は加持祈祷も寺の坊主や山伏に奪われていると聞く。
「治してくれるなら、これを譲ろう」
願いの玉は、龍神がイダテンの父に礼として与えたものだ。
使うには覚悟がいるが、使うつもりなどないだろう。
これがあるというだけで、神社の名は高まり、寄進も増える。